1863年にディジョンのリキュール製造業者フレデリック・ミュニエによって設立されたジャック・フレデリック・ミュニエ。20世紀初頭にはシャンボール・ミュジニーとニュイ・サン・ジョルジュにまたがる約20ヘクタール畑を取得していました。
しかし、1930年代の経済恐慌や戦争の影響を受け1950年にリキュール部門を売却。ブドウ畑の大部分をニュイ・サン・ジョルジュのネゴシアンに貸し出すこととなります。
その後1978年にシャンボール・ミュジニーの賃貸契約が終了したのを機に、1985年に現当主であるフレデリック・ミュニエ氏がドメーヌを引き継ぎました。そして2004年、ニュイ・サン・ジョルジュのクロ・ド・ラ・マレシャルの畑の賃貸契約が終わり畑が戻ってきたことも追い風となり、ワイナリーは飛躍的な成長を遂げています。

- ドメーヌの発展を導いた異色の経歴を持つ当主
当主のフレデリック・ミュニエ氏を語る上で外せないのが、その異色とも言える経歴です。
もともと石油関連のエンジニアとして世界を飛び回り、定期便のパイロットとしても活躍していましたが「まったく違う生き方をしてみたかった」という思いからワイン造りの世界に身を投じる事を決意。
ボーヌの醸造学校でワイン造りの基礎を学びながら、隣人のクリストフ・ルーミエ氏やヴォルネイのミシェル・ラファルジュ氏に指導を仰ぎ、ブドウ栽培やワイン造りの技術を磨き上げました。
現在では、繊細で華やかなシャンボール・ミュジニーらしさを引き出す名手として知られています。

- テロワールを純粋に表現したワイン造り
ジャック・フレデリック・ミュニエの畑では化学肥料、除草剤、殺虫剤を使用しないビオロジックに限りなく近いブドウ栽培を実践しています。
果皮の色で収穫日を判断するなど、フレデリック氏はヴィニュロンとして「匠」の域に達しており、シャンボール・ミュジニーのテロワールを純粋にワインへと表現しています。
また、近年は新樽の使用を抑えており、グラン・クリュのミュジニーでも新樽比率はおよそ15%です。フレデリック氏はブドウの個性の表現を第一に考えており、新樽の使用に関してはピュアさを失わないように細心の注意を払っています。
こうして生み出される芸術的とも言われるワインは、多くのブルゴーニュ愛好家達を魅了しています。






































